AOPY の世界遺産訪問報告
                                ボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア、コソヴォ旅行記
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疾走!! AOPY 西バルカンを走る!【1】

ボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア、コソヴォ、モンテネグロ、クロアチア 
アルバニア、マケドニア、ギリシャ(ケルキラ島)
レンタカーの旅

                      (前編・後編:2010年7月、続編:2011年3月)

前編  山岳リゾートと修道院めぐり (1)

最近横着になってきて、レンタカーを借りることが多くなってきています。
まあ、自分の好きなところへ自由に行けますし、便利なことは確かですが。
今回は西バルカン半島、つまり旧ユーゴスラヴィアの国々を周る旅です。
前半は山岳リゾートと修道院をめぐり、後半はアドリア海に沿って走ります。
地図もナビもありません。旅にそんなものは必要ありません。
でも、疾走ではなく失踪となりませんように・・・。
最初はボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア、コソヴォです。



1日目  サラエヴォ〜ヴィシェグラード〜ウジツェ

午前10時、イスタンブールからサラエヴォ空港到着。
珍しく時間通りに到着したと思ったら、レンタカーを予約していた空港のレンタカー屋さんに行くと、まだ車が来ていないとの事。待つ事5時間、やっと来ました。「時間がもったいないじゃんか。」と文句を言ったら、10%値引きしてくれました。ヴィシェグラードに寄って、日が暮れるまでにセルビアのウジツェに着けるのでしょうか?
とりあえず午後3時半、サラエヴォ空港を出発!


サラエヴォの街は山の中腹にまで広がっていました。この街は最終日にゆっくりと見学する事にしてヴィシェグラードへと急ぎます。

サラエヴォの街を出てしばらく行くと
スルプスカ共和国
に入ります。
ここはボスニア人の地域ではなく、セルビア人の地域です。看板もキリル文字です。このあたりはまだ地雷とかが埋まっているかもしれないそうなので、気をつけてください。


今回の旅の相棒、SKODA 。
で、いきなり道を間違えUターン。標識が少ないので見落としたみたいです。
交差点で止まっていると、いきなり知らないおばさんがドアを開け、僕を見て驚いた顔をしてドアを閉めて行ってしまいました。多分乗せてもらおうと思ったら、いきなり日本人だったのでびっくりしたのでしょう。どうせヒマだから乗せてあげてもよかったのですが、英語も通じないだろうし、道もわかんないし。地図もないし。て言うか今道を間違えている最中ですし・・・。
(^^;

3時間後、やっと道がわかったと思ったら、パレ方面へ行くトンネルが不通・・・。
ボスニア紛争以来、ボスニアとスルプスカ共和国の交通が遮断されたままになっているようです。代替のトンネルは手で掘ったほら穴みたいで、車一台がやっと通れる細さゆえ、トンネル前で渋滞。戦争の傷跡がまだ残っているんですね。

ますますアヤシくなってきました・・・。
この後ガタガタ道を30kmほど行くはめに・・・。ほら穴みたいなトンネルが何箇所もありました。対向車が来るとすれ違うのに一苦労。余りの道の悪さについにタイヤがパンク・・・。初っぱなから踏んだり蹴ったりです。
まあ、それも旅の一部。折角だから楽しみましょう。
どうせヒマだし
(^^;

本能とカンを頼りに何とかヴェシェグラードに到着。
苦労のご褒美に虹がかかっていました。



世界遺産「メフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋」
イヴォ・アンドリッチのノーベル文学賞受賞作、「ドリナの橋」の舞台として有名。
詳しくはAOPYの世界遺産訪問報告で。
こちら


ちょっと文字が剥がれていますが・・・。
まあ、標識があるだけ感謝しましょう。


ボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア共和国国境
越境審査も比較的スムーズ。賄賂等は要求されませんでしたが、何故かズラティボルのパンフレットを1ユーロで買わされました。まあ、入国税みたいなものでしょう。

セルビアに入っていきなり趣のある教会を発見!

このあたりはセルビアでも有数のリゾート地、ズラティボルやシロゴイノ、モクラ・ゴラなどがあります。
本当はズラティボルに行く予定でしたが、レンタカー屋さんが車の手配を遅れたため今回は諦めました。
山をこえ谷をこえ何とかここまで来ました。日没までにはウジツェに着きそうです。



午後8時。ウジツェ到着。
都会なのか田舎なのかわからないような町でした。とりあえずここで宿泊。


2日目  ウジツェ〜ストゥデニツァ修道院〜ソポチャニ修道院〜
      ノヴィ・パザール

次の朝、ウジツェの町を出発。クラリエヴォという町を経由して川沿いを走りました。


Usceと言う村からドンドン山奥へと・・・。Usceからストゥデニツァ修道院まで11km。

とても美しい風景が展開していました。




世界遺産「ストゥデニツァ修道院」に到着。
世俗から遮断された山奥にありました。
詳しくは「AOPYの世界遺産訪問報告」で。こちら



ラシュカの町まで一直線。そこで川を渡りノヴィ・パザールの町を目指します。


ノヴィ・パザールの町のはずれに世界遺産「スラリ・ラスとソポチャニ修道院」があります。
こちらも山深い場所にありました。
詳しくは、「AOPYの世界遺産訪問報告」で。こちら



2日目の宿泊地、ノヴィ・パザールの町に到着。
ここがセルビア共和国である事が信じられないぐらいイスラムっぽかったです。多分、コソヴォに近いからでしょうか?モスクやミナレットが多く見受けられます。

パザールでござーる!!



3日目  ノヴィ・パザール〜ペーチ〜デチャニ〜ザブリャク


次の朝、ノヴィ・パザールの町を出発。
すぐに山の中へ・・・。山の頂上にもいくつかの集落がありました。多くの牛とすれ違い、本当にのどかで美しい風景でした。


セルビア、モンテネグロ国境
大きな川に到達してすぐに右方向へ。しばらくするとモンテネグロ国境が見えてきました。意外とすぐに着きました。


国境ゲート。
モンテネグロの国旗が見えてきました。

2008年に独立を果たしたコソヴォ共和国のペーチに行くために一旦、モンテネグロに入国します。
セルビアから直接コソヴォへ入国すると、その後第三国へ入国できない恐れがあるためです。


モンテネグロのRozajeと言う町を経由して、モンテネグロ、コソヴォ共和国国境へ。
山をドンドン登っていきました。


モンテネグロ、コソヴォ共和国国境
入国には40ユーロも支払いました。アルバニア人の国境警察のおばちゃんに、どこに行くのかと聞かれ、うっかり「ペーチ」と言ったら、不機嫌そうな顔をして、「ペジャね。」と訂正されました。ペジャとはペーチのアルバニア語名です。


モンテネグロとコソヴォの国境は山の頂上付近。
コソヴォの大地が見渡せ絶景です。これから山を下ってペーチ、あーいや、ペジャの町を目指します。




ペーチにある世界遺産「ペーチ総主教修道院」
アルバニア系過激派からの攻撃にそなえ、コソヴォ治安維持部隊が厳重な警備をしていて大変物々しい雰囲気でした。
詳しくは「AOPYの世界遺産訪問報告」で。こちら





ペーチの町。
セルビアとは全く異なりイスラム色の強い町でした。人々の顔もスラヴ系ではなく、明らかにアルバニア系のちょっと濃いめでした。
これからデチャニに向かいます。






世界遺産「デチャニ修道院」
40分ほどでデチャニの町に到着。
こちらも戦時下みたいな物々しい雰囲気でした。
詳しくは、「AOPYの世界遺産訪問報告」で。こちら





デチャニの町。
いたるところにあからさまにアルバニア国旗が・・・。ちょとやりすぎではないでしょうか?





コソヴォを後にし、またまたモンテネグロ入国。
経由したRozajeと言う町。
これからドゥルミトル国立公園のある、ザブリャクという町へ・・・。
日没まで着つけるかな?




綺麗な景色を見つけては車を止めてじっくり撮影。急ぐ旅でもないし、まあいいっか・・・。

途中で見つけた可愛らしい教会。名前などはわかりません。







またまた可愛らしい教会発見!
墓地が併設されています。あまり道草を食っていると日が暮れてしまいますが・・・。






山の中腹に白い家々が・・・。
こんな山の中にも人々の生活がありました。


Mojkovacの町を過ぎてからはより一層起伏が激しくなってきました。
ここからはタラ川に沿って走ります。


いよいよタラ渓谷っぽくなって来ました。

タラ渓谷に到着。
この地域も世界遺産「ドゥルミトル国立公園」の範囲に入っています。
壮大な渓谷にかかる巨大な橋。ザブリャクの町まであと20kmぐらい。


午後6時半、宿泊地のザブリャク郊外にあるペンション風のホテルに到着。
ドゥルミトルの山々が見渡せました。7月だというのに寒い・・・。
明日はドゥルミトル探検です。

つづく





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