AOPY の世界遺産訪問報告
                                   クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナ旅行記
BACKHOMENEXT旅の随筆表紙
 
疾走!!
 AOPY 西バルカンを走る!【4】

ボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア、コソヴォ、モンテネグロ、クロアチア 
アルバニア、マケドニア、ギリシャ(ケルキラ島)
レンタカーの旅

                                 

後編  アドリア海沿岸を走る (2)

いよいよ旅も佳境に入ってきました。
今回はクロアチア、そしてボスニア=ヘルツェゴビナです。
自由気ままな旅・・・。
アドリア海を右手に見ながら快調に飛ばします!


9日目  スプリト〜フヴァル島〜スプリト

次の朝、スプリト港からこの船に乗って
フヴァル島へ。


2時間ほどでスタリ・グラード到着。


スタリー・グラードの中心街。
とても趣のある家々。


フヴァル島の「スタリー・グラード平原」は世界遺産に登録されています。
詳しくは、「AOPYの世界遺産訪問報告」で。
こちら
とても暑いので世界遺産訪問もそこそこに、今日も海で狂ったように泳ぎます。


謎の球体で遊ぶ子供たち。
右の建物は教会です。




最高の海水浴ポイントを発見!
ここで2時間ほど泳ぎます。


泳いでいたら遥かかなたから帰りの船がやって来たので、そろそろ帰り支度を。
船からアドリア海に沈む夕日を撮影。





夜9時、スプリトの街に帰ってきました。
これから深夜徘徊へ・・・。




10日目  スプリト〜モスタル

次の朝、スプリトを後にし、またまたアドリア海に沿って、ボスニア=ヘルツェゴビナのモスタルへ。





Omisの町にやって来ました。
断崖絶壁が迫っています。





Omisの町を散策。


この町は比較的大きな町で、ビーチは人でいっぱいでしたので、誰もいない海水浴ポイントを探します。



アドリア海に沿ってどんどん南へ・・・。
この辺のアパートを買ってのんびりって言うのもいいかも・・・。



お昼過ぎ、理想的な海水浴ポイントを発見!
この辺で2時間ほど泳ぎました。


Mimice付近。
このあたりからマカルスカまでの海岸線は、「マカルスカのリヴィエラ」と呼ばれています。







Brela湾
海は遥か下、多くのボートがありました。
左上の線になっているところが道路。正に絶景の中を走ります。




Baska Vodaの町。
雄大な山々と紺碧のアドリア海の絶妙なコントラスト。延々こんな町が続いています。





町の中心には必ず可愛らしい教会と鐘楼があります。

Igraneという小さな町の鐘楼。
青空と紺碧のアドリア海が溶け合っています。







Igraneの町。
全く無名の小さな町でも十分リゾートとしての価値はあります。


Gradacの町が見えてきました。
ジェットスキーやパラセイリングをやっている人たちがいました。
とても名残惜しいですが、そろそろこの辺でアドリア海ともお別れです。

Bacinska Jezera
Bacinaからプロチェの山側へ入ったところには、美しい湖がいくつも点在していました。

左へ行くとクロアチアのプロチェ.。
ここで直進してボスニア=ヘルツェゴビナに向かいます。


午後4時ごろ、ネレトヴァ川の国境の町、メトコヴィッチに差し掛かりました。



左に行くとボスニア=ヘルツェゴビナのモスタル、右がドゥブロヴニク、正に旅の分岐点・・・。人生と同じですね。


クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナ国境
越境は特に問題はありませんでした。
ついにボスニアに帰ってきました。







モスタルへ行く途中見つけた古城のような教会のような・・・。









綺麗過ぎる標識。大変有難いです・・・。
モスタルまで一直線。









午後6時過ぎ、今日の宿泊地、
モスタル
に到着。
世界遺産「モスタルの古橋地区」
詳しくは、「AOPYの世界遺産訪問報告」で。
こちら




11日目  モスタル〜サラエヴォ

次の朝、モスタルを出発、最後の訪問地、と言うか出発地点、サラエヴォに向かいます。
Jablanicaという村を過ぎて間もなく、こんな素晴らしい風景に出会いました。




Tarcinという村にある鉄道橋。
ボスニアにも素晴らしい景色がたくさんあります。
やっぱりレンタカーの旅はいいですね。


午後2時、ついにサラエヴォの街に戻ってきました!
で、実はこの後、国境の看板を撮影しに、またスルプスカ共和国国境まで行ったのでした・・・。
本当に懲りないです。

サラエヴォ泊。


最終日  サラエヴォ

今日は丸一日、最後にとっておいたサラエヴォの街を散策。
旧市街にあるモスクと市電。


旧市街の中心地にある有名な「水飲み場」。
ボスニア人の地域はイスラム色の強い街です。


ラテン橋。
かつてのプリンツプ橋。
1914年6月28日、ここでオーストリア皇太子・フランツ=フェルディナント大公夫妻がセルビア青年、ガブリロ・プリンツプに暗殺され、それを契機として第一次世界大戦が勃発しました。
かつてはここにプリンツプを称える像が立っていましたが、現在では撤去されています。
正に歴史の舞台です。


さよなら。サラエヴォ!
そして旅はまだまだ続くの
です。
続編(アルバニア、マケドニア、ギリシャのケルキラ島)へとつづく・・・。





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