AOPY の世界遺産訪問報告
                                                                ベラルーシ旅行記(1)
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ベラルーシへ



  さて、ベラルーシのミンスクに住むレーナさんからメールが来ました。隣の国まで来ているのになんでこっちに来ないんだ。薄情なやつだ。などと書かれてありましたので、行くことにしました。彼女は日本のパスポートは世界中どこでも自由に行き来できるのだと勘違いしているようです。日本人はロシアやベラルーシに入国するのにはビザがいるのだと説明して、ミンスクのホテル・バウチャーをファックスで僕の滞在しているホテルに送ってもらいました。念のため、インビテーション・レターもついでに。ワルシャワのベラルーシ大使館でビザを取得。無料で即日給付。結構大変かと思いましたが、あまりのあっけなさに少々拍子抜けしました。たぶん招待状が効いたのでしょう。

  ベラルーシに限らず、旧ソ連の国は今まで訪れた事はありません。この国は一体どんな国なのでしょうか。ミンスクなんて、スパイ小説でしか聞いたことがありません。ロンプラによると、この国はいまだに崩壊したマルクス=レーニン主義を信奉しているそうです。第二次世界大戦でナチス=ドイツによって多くの国民が犠牲になり、多くの都市が破壊され、さらにはチェルノブイリ原発事故で多大な被害を受けました。ソビエト連邦崩壊で国の経済が大混乱し、全ての産業も破綻。この国の公務員の一ヶ月の給料は60ドル。さらに恐るべきことに、インフレは上昇中。この国の通貨ベラルーシ・ルーブルも下落の一途をたどっているそうです。東欧諸国の多くが民主化、資本主義化に成功している中で、いまだにスターリンを歴史上最高の指導者だと信奉し、国民は言論の自由があるふりさえできません。この国の独裁者ルカシェンコはミロシェビッチのような民族主義者でもなく、プーチンのような経済成長優先の独裁者と言うわけでもありません。かと言って、マハティールのように大国からの自立を目指している人物でもありません。ただ単に独裁者としての地位を保持したいだけの人物だといわれています。従って、最も被害を被るのは自国民だけと言う事になります。実際にこの国はヨーロッパに於ける北朝鮮だと揶揄されています。

  午後1時40分、ミンスク国際空港に到着。一国の首都の空港にしては非常に暗いです。まるで巨大な病院のような雰囲気です。ここには華やかな免税店などはありません。いかめしい顔をした武装警官と、無愛想な職員だけです。入国審査で押し問答した挙句、35ドルを支払いました。一日5ドル×滞在日数の滞在保険ということなのですが、単に外貨が欲しいだけなのでしょう。まあ、入国税のようなものです。レーナさんと友人のボリス夫妻が車でお出迎え。ボリスさんは男から見ても惚れ惚れするようないい男です。握手がとても強いので、手が折れるかと思いました。彼の自慢のボロボロの車で中心街に向かいました。どこまでも一直線の道路。人口200万の大都市なのですが、とにかく街は殺風景。看板もなければ、おしゃれな繁華街もありません。巨大な公園に、無意味にだだっ広い道路。一軒家は見当たりません。無味乾燥な巨大なコンクリートのアパート群が立ち並ぶ共産国特有の街並みです。ここは西洋でも東洋でもありません。どこか他の惑星の都市に来ているようです。ホテルにチェックインしたあと、とりあえず300ドルほど両替をしました。すると何と電話帳の厚さほどのルーブルがどさっと出てきました。しかもこの国の最高額紙幣5000ルーブルで。いきなり大金持ちになった気分になります。反面、7日間でこの大金を使い切ることが出来るかどうか不安になります。当然ルーブルは国外持ち出し禁止。まあ、持ち出しても、国外ではただの紙クズです。

  レーナさんのアパートにおじゃますると、彼女のご両親、ボリス夫妻、彼女の姪のスヴェトラーナちゃん、近所のおじさん、おばさんと、まあ狭い部屋に10人以上の人が集まっていました。それほど東洋人、いや、外国人は珍しいのです。魚を生で食べるのか、お前も箸を使えるのか、電車は速いのか、車は何に乗っている、給料はいくらか、年金はあるのか?東欧ではよくある質問です。この中で英語を話すのはレーナさんだけなので、彼女がせっせと通訳しなければなりません。ついこの間までこの国では英語教育がされていなかったのです。彼女が日本で26歳ぐらいの銀行員の月給はいくらかと聞いたので、2000ドルぐらいかなと答えると、腰を抜かして驚いていました。彼女の年収の2.5倍以上です。ボリスさんは20年落ちぐらいの中古車はいくら位するのかと聞くので、日本でそんな車は売っていないよと答えると、一同大爆笑。

  ところで、驚いたことに彼らは自分たちのことをロシア人といっています。ソ連邦崩壊以降、近隣諸国の各民族はアイデンティー確立のため、あるいは民族自決主義のために戦争が絶えないのですが、このベラルーシはソビエト時代は連邦内で最も裕福な国だったためでしょうか、そういった部分が非常に希薄です。この辺がお隣のウクライナとは決定的に違うところです。最近になってやっと本来の国語であるベラルーシ語を教育し始めているそうです。スヴェトラーナちゃんは小学校でベラルーシ語の授業があってしゃべれるのですが、他の大人たちはあまりしゃべれないのだと言います。なんとも奇妙な話です。
                       ミンスクにて (2001年5月1日)


ミンスク 城壁のようなアパート群と巨大な公園


旧共産国によく見られる戦没兵士の慰霊碑。


聖霊大聖堂  意外と綺麗な教会もあります。


レーナさん一家


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