AOPY の世界遺産訪問報告
                                                            ルーマニア旅行記(2)
BACK  HOME  NEXT  旅の随筆表紙




チャウセスクの子供たち



  

  ルーマニアは東欧で唯一のラテン人の国家です。古代ローマ人と土着のダキア人の混血が、現在のルーマニア人の起源です。ルーマニアの語源はローマニア、つまりローマです。イタリア語とルーマニア語もよく似ていると言われます。マリアさんの話によると、イタリア語は習っていなくても聞いただけで、大体3割ぐらいは理解できるそうです。したがってこの国の人はラテン気質なのか、とにかく陽気で明るくとても親切です。道でいきなり話しかけて来たり、地図を広げキョロキョロしていると、頼んでいないのに向こうから道を教えてくれます。こういう事はお隣のブルガリアでは絶対にありません。ラテン人とスラヴ人では全く気質が異なります。しかし、教えてくれるのはいいのですが、行って見るとぜんぜん違う場所だったりします。英語があまり通じないからです。

  インターネットカフェを探しに行きました。路地でたむろしていた中学生ぐらいの男の子に場所を尋ねると、「案内してやるから付いて来い。」と言われました。随分親切な奴だなと思って、行ってみるとちゃっかり10万レイ取られました。次の日に同じ場所を通るとまた彼らがいました。「ハーイ!何か手伝う事はない?」と言って寄って来ましたが、当然無視。彼らは親もなく家もありません。ましてや学校も行っていません。路上で生活している所謂、「チャウセスクの子供たち」なのです。1989年のクリスマスに200年前のフランス革命と同じように、公衆の面前で民衆によって処刑されたあの悪名高き独裁者、ニコラエ=チャウセスクのことです。彼は社会主義時代に生めよ増やせよ政策で、コンドームを禁止したため、多くのエイズの子供たちを生んでしまいました。大変貧しい時代だったので親も養育することができず、多くの赤ん坊が路上に捨てられたのです。その不幸な子供たちを「チャウセスクの子供たち」と言います。彼らは成長して15〜20歳ぐらいになっています。屈託のない笑顔で外国人を見るとすぐに寄って来ます。僕は乞食に施しをしたことはあまりないのですが、彼らは一応、道を教えてやったり、頼みもしないのに荷物を持ったり、大きなお世話をして小銭を稼いでいます。

  駅の時刻表を確認して出てくると、10歳ぐらいでしょうか、ひとりの男の子が本を買ってくれと言ってきました。またかよ、と思いながら見てみると、ボロボロの古い本が10冊ぐらい道端においてありました。一冊3万レイでいいから買ってくれと言うのです。「ごめんね。ルーマニア語の本なんか読めないよ。」と言って去ろうとしましたが、僕はその子が例の子供とは違って見えました。なぜなのかは分かりません。この子もあの「チャウセスクの子供」なのでしょうか?彼はこの絶望的な商売を永遠に続けているのでしょうか?僕は5万レイを彼に渡しその場を去りました。彼は小走りに駆けて来て、無言で一冊の本を僕に渡そうとしましたが、「いいよ、あげるよ。」と言いました。それは一種の手切れ金のようなものなのかもしれません。あるいは可哀想な現実から、自分が逃れられるための必要経費なのでしょうか?彼の薄汚れた服に純朴な顔を見て、こうも思えました。ひょっとすると、僕が彼で、彼が僕である現実もあったのではないでしょうか?彼がこの国に不幸な生まれ方をし、僕は日本という国に生まれ、親のおかげで何不自由なく育てられました。只それだけの違いです。この世の中は、こんなに不公平に出来ているものなのでしょうか?しかしこれが現実です。しょせんこの世は単なる偶然の積み重ね。彼と僕とは同じ硬貨の表と裏。見えない糸でつながった異母兄弟のようなものなのかもしれないと、僕はその時そう思いました。 

                     クルージュ・ナポカにて  (2002年7月12日)

  
クルージュ・ナポカ市内                           街の教会  たぶんカトリック

    
市場  スーパーよりもこっちのほうが多く利用されているみたいです。


      BACK  HOME  NEXT  旅の随筆表紙
inserted by FC2 system