AOPY の世界遺産訪問報告
 

















概要:
フランス南西部、ヴェゼール渓谷に点在する先史時代の遺跡群。8つの壁画のある洞窟と7つの壁画のない洞窟が世界遺産に登録されている。その中で最も有名なものが、1940年に発見さた「ラスコーの洞窟壁画」で、約1万7000年前にクロマニョン人によって描かれた。見学者の吐き出す二酸化炭素による腐食防止のため、1963年に一般公開が停止され、現在では立ち入りが禁止されている。見学は隣接するレプリカの「ラスコー2」にて。

























































































































































概要:
ボルドーの西約40kmにあるコミューン共同体。サン=テミリオンの名はボルドー・ワインの高級銘柄として有名。村にある一枚岩作られたモノリス教会は9世紀の建造。世界遺産登録名に使われた「地域」とは中世の管轄権や裁判権に由来している。これは12世紀にこの地方がイギリスに支配されていた名残である。従って世界遺産指定区域はサン=クリストフ=デ=バルド 、サン=シュルピス=ド=ファレイラン 、サン=テチエンヌ=ド=リス など周辺の村を含み合計8市町村。












































































































































概要:
フランス南西部ガロンヌ川に面したアキテーヌ地方最大の都市。17世紀ワイン貿易や植民地との中継ぎ貿易で巨万の富を得た。「月の港」とはボルドーの通称である。18世紀以降のブルス広場や大劇場など、新古典主義建築の都市計画が保存されている。また、サン=スーラン大寺院、サン=ミッシェル教会、サン=タンドレ大聖堂は別の世界遺産「フランスのサンティアゴ=デ=コンポステーラの巡礼路」の一部として世界遺産に二重登録されている。





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クロマニョン人が描いた1万7000年前の芸術

ヴェゼール渓谷の先史時代史跡群と洞窟壁画群

★★★★  2014年9月訪問
感想:
本物のラスコー洞窟は見学者の吐き出す二酸化炭素によって腐敗がひどくなり1963年に閉鎖され、現在では一部の研究者等しか立ち入ることができません。そのため、そのすぐそばに本物と寸分たがわないレプリカ施設、「ラスコー2」が作られ、一般の観光客はそちらのほうを見学するようになっています。ラスコーは世界史の教科書でも最初のほうに出てくるので、大変馴染み深い物件ではないでしょうか。昔から先史時代の洞窟壁画と言えば、このラスコーかスペインのアルタミラだったのですが、1994年にそれらよりも何と1万5000年も古い「ショーヴェ洞窟」が発見され、2014年の今年世界遺産に登録されましたので、最近ではこのラスコーの存在感が薄くなってしまっているといった状況です。しかしながら、実際にこのラスコーの壁画を見学してみますと、その素晴らしさと芸術性の高さに驚かされました。洞窟壁画と言ってもその作画技術はかなり高く、色彩感覚や構図の緻密さなど、目を見張るものがありました。絵の具は赤土や木炭を動物の血や油脂、樹脂などに混ぜて作られていたそうです。ほとんどが馬や牛などの動物の絵ですが、絵の中には遠近法が用いられ、また岩の凹凸などを利用して、立体感を持たせるように工夫されているものもあり、なかなか洒落た作品もありました。この頃はまだ指で描いていたそうですが、絵の具を吹き付けて描いたものもあり、動物の躍動感を表現しているものもありました。この「ラスコー2」は自由に見学するというわけではなく、必ず予約をして(当日予約OK)、見学者は20〜30人のグループになって、ガイドさんと一緒に入場しなければなりません。内部の写真撮影は禁止されています。薄暗い内部では人工的に作られた洞窟に本物のラスコーの壁画が再現され、ガイドさんが懐中電灯を照らしながら詳しく解説してくれました。もちろん、随時質問等もOKで、かなり丁寧に説明してくれました。遥か1万7000年の時を経て、僕たち現代人の直接の祖先であるクロマニョン人の感性に触れることができる最適な場所ではないでしょうか。
旅の様子は、旅の随筆、フランスを走る!後編:南半分、ニースからボルドーまで5000キロ、レンタカーの旅」で。
アクセス:モンティニャックからレンタカー


レプリカの「ラスコー2」の入り口。ここから地下へと入っていきます。

  
看板に詳しい案内がありました。売店もあります。


さ〜て、いよいよ入場。期待感を高める看板。


内部の写真撮影は禁止ですので、構内の売店で買った絵葉書を載せています。


芸術性も高く評価されています。色彩がとても鮮やか。


躍動感があります。


1万7000年の時を経て、クロマニョン人の感性に触れることができます。


こちらが本物のラスコー。厳重に封印され看板もありませんが、世界遺産の表示はありました。
                          
  
モンティニャックからレ・ゼイジー=ドゥ=タイヤック=シルイユへの途上にあるサン=クリストフの絶壁。


ヴェゼール渓谷の考古学の中心地、レ・ゼイジー=ドゥ=タイヤック=シルイユの町。


ブドウ畑に囲まれたボルドー・ワインの故郷

サン=テミリオン地域

★★★  2014年9月訪問
感想:
このサン=テミリオンの周辺一帯は広大なブドウ畑が広がり、ところどころにワインを製造しているシャトーがありました。僕が訪問した時はそろそろ収穫の時期が近づいていて、整然と立ち並んだブドウの木々が鮮やかな緑の葉を茂らせ、ブドウの実がたわわに実っていました。また、多くの観光客がマイクロ・バスに乗って、それぞれの由緒あるシャトーをめぐりながら、自家製ワインの試飲会や販売会に立ち寄ったりして、とても活気があり賑やかでした。ヨーロッパにはブドウ畑をテーマにした世界遺産が数多くあり、これまで各国で何件か訪問しましたが、このサン=テミリオンがブドウ畑関連の世界遺産の登録では最初だということです。ワインの生産はヨーロッパの食文化のみならず、文化そのものと非常に密接な関係にあることがよくわかります。日本で言うと、日本文化とお米の関係に相当するのではないでしょうか。収穫の秋に訪れましたので、日本で言うとちょうど稲刈りのシーズンで、黄金色の稲穂が秋風にそよぐ田んぼの風景を思い出してしまいました。しかし、フランスのブドウ農家と日本の稲作農家の最大の違いは、その収益力ではないでしょうか。フランスのワイン農家はシャトーと呼ばれるワイナリーを経営し、自家製のワインにより高い付加価値を創造し、各々が独自のブランドを作って幅広く経営を展開しています。また販売ルートも自らが自由に開発し、広く世界に売り出し、生産者にも高収益をもたらしているのです。また生産者の後継者問題などは全くなく、若い人たちも生き生きとして農業に従事しています。これはワインの生産だけではなく、フランスの農業のほぼすべてに言えることです。それに対して失政続きの日本の農業政策のあおりを受けて、日本の稲作農家は補助金漬け、某団体などの弊害もあり、全く産業として成り立たず、よって若い人々も特に稲作農業に関しては全く魅力が持てず、常に後継者不足の問題で悩まさせれているのが現状です。世界に名高いボルドー・ワインの生産地であるサン=テミリオンのブドウ畑を車で周りながら、日本の稲作農業問題の解決へのヒントがこんなところにも隠されているのではないかと感じました。
旅の様子は、旅の随筆、フランスを走る!後編:南半分、ニースからボルドーまで5000キロ、レンタカーの旅」で。

アクセス:モンテニャックからヴェゼール渓谷、ベルジュラック経由でレンタカー


サン=テミリオン俯瞰。町の中心に9世紀建造のモノリス教会の鐘塔が見えます。


丘の上の古い街並み。


どのコミューンもブドウ畑に囲まれています。


ブドウ畑の中に様々なシャトーが建っていました。


ブドウ畑の入り口には色鮮やかな花が飾られ、綺麗なアクセントになっていました。

  
サン=テミリオンにあるワインのお店。もちろん僕はお酒が一滴も飲めませんが・・・。

  
お店の前には樽とボトルのディスプレイがありました。       雨上がりの古い街を散策。

  
いつものように深夜の町を徘徊・・・。昼は観光客で賑わっていますが、夜はひっそりとしていました。


ワイン貿易によって栄えた新古典主義の街
ボルドー、月の港
★★  2014年9月訪問
感想:
フランスにおいて、17世紀後半からフランス革命期までの街並みを最もよく残しているのがこのボルドーの旧市街地です。上記のワイン貿易の一大拠点としてのみならず、広く大西洋を隔てた植民地からの膨大な商品の貿易港として発展したこの街には、当時の建築や街並みの特徴が数多く保存されています。それまでの官能的で装飾的なバロックやロココ様式の流れに相反する、より確固たる重厚で壮麗な新古典主義の建築が数多く見受けられます。新古典主義の建築と言えば、たとえば国会議事堂や大学、図書館などの公共性の高い建築に現在でも多く用いられている様式です。そのためかこの街の雰囲気もヨーロッパによくあるルネサンス式や中世の街並みとは一線を画した、威厳のある壮麗な雰囲気が感じられます。特にブルス広場を中心とした旧市街地区には、大劇場、カンコス広場、トゥルニー通りなどがあり、散策していても当時の繁栄ぶりを伺い知ることができました。またボルドーと言えばガロンヌ川にかかるピエール橋の街灯を思い浮かべるのですが、実際に橋を歩いていますと、華麗な装飾が施された街灯が整然と並ぶ光景が目に飛び込んできて、正に新古典主義の街にふさわしい壮麗なたたずまいを堪能することができました。サン=テミリオン地域を訪れた後にこの街を訪れますと、当時のワインがいかにこの街に富をもたらしたかということが実感できるのではないでしょうか。
旅の様子は、旅の随筆、フランスを走る!後編:南半分、ニースからボルドーまで5000キロ、レンタカーの旅」で。
アクセス:サン=テミリオンからレンタカー


ミラー・デューからブルス広場の夜景を望む。


ミラー・デューより。


ブルス広場の三女神の噴水。
ウジェニー(フランス皇后)、ヴィクトリア女王、イサベラ女王を表しています。

  
ブルス広場(1730〜1775年建造)。                  サン=タンドレ大聖堂(11世紀頃)。

  
12本の支柱と女神像のある大劇場(1773〜1780年建造)。   ジロンドの記念碑(1894〜1902年建造)。

  
ガロンヌ川に架かるピエール橋とサン=ミシェル教会の鐘楼。 1495年建造のカイヨー門。


サン=ミシェル教会の鐘楼は街の至る所から見えます。


ボルドーの目抜き通り、サント=カトリーヌ通り。


ボルドー市街地の中心、コメディー広場付近。

  
夜のガロンヌ川とライトアップされたピエール橋(1810〜1822年建造)。


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