AOPY の世界遺産訪問報告
 
















概要:
ドイツ南西部、ダルムシュタットとマンハイムの中間地点に位置するロルシュにあるカロリング朝時代の修道院跡。ロルシュはフランク王国カール大帝の庇護の下で発展した。西暦764年に領主の私有聖堂と修道院が建てられたのが始まり。9世紀には付属図書館と写字室は膨大な蔵書を所有し、ドイツの学問の中心地のひとつとなった。修道院の敷地には「王の門」と呼ばれるかつての楼門、図書館、納屋などの遺跡があり、カロリング・ルネサンス時代の貴重な遺産となっている。

















































































































































概要:
ドイツ南西部、ラインラント=プファルツ州にあるシュパイヤーの中心部にある大聖堂。1030年にザーリア朝のコンラート2世の命により建立され、その後修復・再建を繰り返し、現在の姿は1961年に完成したものである。教会としては世界最大のロマネスクの聖堂である。「カイザー・ドーム」の異名を持つ。







































































































































































































概要:
20世紀の近代建築に多大な影響を与えたル・コルビュジエ(1887〜1965)の作品群。住宅、教会、公共施設、産業施設など彼の作品の中でも特に優れたものが世界遺産に登録されている。また登録物件はドイツ(1)、フランス(10)、スイス(2)、ベルギー(1)、インド(1)、日本(1)、アルゼンチン(1)の7カ国(17)にわたっている。カッコ内は世界遺産登録物件数。ドイツの物件はシュトゥットガルトのヴァイセンホーフ団地にある。

























































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希少なカロリング・ルネサンス時代の遺構

ロルシュ修道院とアルテンミュンスター

★★  2017年6月訪問

感想:
ドイツにおいて教会関係の遺産はだいたい古くてもロマネスク時代までですが、この世界遺産はそれよりもさらに古い8世紀のカロリング朝時代のものです。何しろこの修道院が建てられたのは西暦764年で、カール大帝の父親ピピン3世の統治時代というから驚きです。かつてはここに膨大な蔵書を誇る付属図書館があり、その後の神聖ローマ帝国内のキリスト教の宗教的な中心地になったばかりでなく、さまざまな学問の中心として栄えました。1170年代にまとめられた年代記は、中世初期ドイツ史の重要な史料となっています。中でも驚くべきことは8世紀の終わりごろに編纂された「ロルシュの医学書」は、医学を一つの学問として体系化した欧州で最初の医学書とされ、大規模な植物園を備えて薬草の研究までされていたそうです。つまりこの修道院は当時の医学研究の中心地でもあったのです。そのような重要な宗教・文化の中心地には人やお金も集まるようになり、次第に政治的な影響力を持つようになっていきました。13世紀には様々な地方の封土や利権争い、多くの戦争などに巻き込まれてしまいました。特に16世紀の三十年戦争の際にはこの地方も荒廃し、さらには18世紀の宗教改革の際にはついにルター派やカルヴィン派の手に落ち、ロルシュ修道院は終焉を迎えるに至りました。このような数奇な運命をたどった歴史を踏まえ、廃墟となったロルシュ修道院を訪れて王の門を見上げながら、中世ヨーロッパに初めて顕著な文化をもたらしたカロリング・ルネッサンスが花開いた栄光の歴史に思いをはせることができました。
また、世界遺産名の後半部分のアルテンミュンスターとは司教座聖堂の意味で、王の門の場所から歩いて20分位のところにありました。農家の集落の中にあって、その土台の部分だけがかろうじて残っていました。
アクセス:ヴュルツブルクからグロースクロッツェンブルク、メッセル、ダルムシュタット経由でレンタカー。

  
ロルシュの街にやって来ました。この広場のすぐ前に「王の門」があります。

   
9世紀にルドヴィーコ3世によって建てられた「王の門」。    「王の門」の側面。


美しい模様は当時のままです。

  
ロルシュ修道院の敷地内。写字室、図書館、僧坊、納屋、薬草園などがありました。


小高い場所にはもう一つの凱旋門がありました。


緑の敷地にひっそりと立っていました。


近くに当時の村を再現したテーマパークにみたいな所がありました。


農家の集落を横切ってアルテンミュンスターに行ってみます。


アルテンミュンスター跡。


かつてここに壮麗な司教座聖堂が存在していました。

  
先ほどの集落の看板。右は世界遺産の敷地(赤い部分)。[: :]はロルシュ修道院のマークみたいです。


ドイツ・ロマネスク建築最大の聖堂

シュパイヤー大聖堂
★★   2017年6月訪問

感想:
このシュパイヤー大聖堂はロマネスク建築としてドイツ国内で最大、ロマネスク式の教会としては世界最大ということで、その巨大さに圧倒されました。従いましてかなり距離を置いて撮影しないとその全容は入りきらなくなってしまいます。またその大きさだけではなく、改修を繰り返している割にはロマネスク様式の持つ本来の美しさを純粋に伝える最高の物件となっています。内部に入ってみますと比較的新しいことに驚きましたが、それもそのはず最初の建設は1030年で、改修を繰り返し現在のものは1961年に完成されたそうです。しかしながら本来の姿を忠実に再現しているということなので、このような巨大な大聖堂が1000年も昔から存在していたということには驚きを隠せませんでした。まず目をひくのは、ヴォールト(穹窿)式の天井を備えた重厚な三層式の側廊を持つバシリカ様式の構造で、その後のロマネスク様式の教会建築に多大な影響を与えたそうです。この大聖堂の最大の特徴である巨大な4本の尖塔は、身廊と翼廊からなる聖堂本体の四隅にバランス良く配置され、美しく均衡の取れた形状になっていました。この巨大な4本の尖塔は皇帝の権威を象徴しており、「カイザー・ドーム(皇帝の大聖堂)」という異名を持っています。また、クリプト(地下聖堂)には7人の神聖ローマ皇帝、ドイツ王やその御后、さらには多数の僧侶たちが埋葬されています。もともとこの大聖堂は創設者の神聖ローマ皇帝コンラート2世が自分自身の棺を埋葬する場所として建設したそうです。このクリプトはロマネスク様式のものとしてはヨーロッパ最大の列柱廊で、どこかで見た覚えがあると思ったら、スペイン・コルドバのメスキータを髣髴とさせるものでした。皇帝の墓所と大聖堂の壮麗さとも合わさって、この聖堂が「カイザー・ドーム」の異名をとっていることもうなずけました。このシュパイヤー大聖堂を訪れることによって、この大聖堂が中世初期の宗教的象徴のみならず、神聖ローマ皇帝の権威の象徴であったことを容易に理解できるのではないでしょうか。

アクセス:ヴュルツブルクからグロースクロッツェンブルク、メッセル、ダルムシュタット、ロルシュ修道院経由でレンタカー。

  
シュパイヤー大聖堂。余りにも巨大なので、かなり離れてみないとその全容はつかめません。

  
この建築自体は1961年完成のもので新しいですが、元の聖堂を忠実に再現しています。

    
正面部分。                        UNESCOのマークの入った大聖堂の看板。


緑色の屋根と赤い砂岩でできた特徴的な壁の色。

     
重厚な青銅製の扉。                  三層のバシリカ様式が特徴的。

  
身廊部分からヴォールト式天井を見上げ。内装も赤い色の砂岩を使用しています。

  
クリプト(地下聖堂)。コルドバのメスキータのようです。    歴代皇帝の墓があります。


宝物展示場所。


聖人の骨に金箔を施しています。


こちらも聖人の人骨の装飾。


神秘的な光を放つ宝石。


現代建築に影響を与えたモダニズム建築の提唱者

ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動の顕著な貢献-

  2017年6月訪問

感想:
この世界遺産はモダニズム建築の先駆者、ル・コルビュジエの建築作品群で、その物件はドイツ、フランス、スイス、日本、インド、アルセンチン、ベルギーの7か国にまたがって登録されています。今回はドイツのシュトゥットガルトのヴァイセンホーフ団地にある物件を訪問いたしました。これは1927年にこの地で開催されたジードルング(ドイツ語で集合住宅)の展示会に出品された中の一つです。ちなみにこの展示会の主催者は僕が2009年に訪問したチェコのブルノにある世界遺産・トゥーゲントハット邸の作者、ミース・ファン・デル・ローエです。この展示会にはル・コルビュジエだけではなく合計17名の建築家が出品しており、このヴァイセンホーフの丘には当時の斬新な近代住宅が現在でも数十軒存在しており、閑静な高級住宅地区といった感じになっていました。それらの住宅はもちろん現在も使用されており、住人の方もいらっしゃいますので、撮影や見学には注意が必要です。ヴァイセンホーフにはル・コルビュジエの作品は2件ありますが、世界遺産に登録されているのは1件のみで、それは現在ヴァイセンホーフ・ジードルング博物館となっています。20世紀の住宅建築が世界遺産に登録されている物件は僕はこれまでに7〜8件訪問いたしましたが、どれもう〜〜ん???って感じであまりピンときませんでした。まあ、歴史が古ければ価値があるというものでもないでしょうし、現在の住宅建築に与えた影響を考えますと世界遺産の価値もあるのかなと。鉄筋コンクリート、装飾を持たない平滑な壁面、合理性を追求した構造などなど、何の変哲もないと思われる現在の住宅やマンションの構造も、20世紀初頭当時はかなり斬新な建築であったことは間違ありませんので、それが現在の当り前になっているということはすごいのかなとも思いました。世界遺産のタイトルにも記されている通り、「近代建築運動の顕著な貢献」といった意味で、このような物件もあるいは100年後には普遍的価値も相当出てくるのではなかと感じました。
アクセル:マウルブロンからレンタカー。


  
ヴァイセンホーフのル・コルビュジエの作品。現在は博物館になっています。

  
入り口にあるプレート。ドイツにおけるル・コルビュジエの世界遺産の作品はこの一件のみです。


ヴァイセンホーフ団地の一角。


他の建築家の作品。


他の建築家の作品。ほとんどが白い壁でした。


庭にも入れますがご注意を・・・。


ヴァイセンホーフ・ジードルングの作品の作者と場所を示す地図。


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