AOPY の世界遺産訪問報告
 

















概要:
双方ともロンバルディア州にある歴史都市で、ルネッサンス期に優れた都市計画で発展した。マントヴァは15世紀後半にこの街の支配者、ゴンザーガ家のフランチェスコ2世(侯爵)に嫁いできた、エステ家のイザベラ(1474〜1539年)により芸術的な隆盛が始まり、北イタリアにおけるルネッサンス文化の中心となった。1530年、彼女の息子のフェデリーコ2世が公爵に昇格したことにより、マントヴァ公国が成立した。





















































































































































































































































































概要:
エミリア=ロマーニャ州、ポー川の下流に位置するフェッラーラの旧市街地。14〜16世紀のこの街の貴族であるエステ家によって都市計画が進み、ルネッサンスを代表する街に発展した。特に1492年から始まったエルコレ1世による都市拡張事業は、「理想都市」を具現化するものであり、現在でもその街並みを見ることができる。




























































































































































































































概要:
ヴェネト州、パドヴァ市内にあるパドヴァ大学の付属植物園。パドヴァ大学は1222年創立で、イタリアで2番目に古く、ガリレオ、ペトラルカ、ダンテなどが教鞭をとり、コペルニクスが学んだという由緒ある大学。植物園は1545年に創設され、大学付属植物園としては世界最古で、植物園としてはヨーロッパ最古である。

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 (5)

ひとりの侯爵夫人の感性が育てた芸術の街
マントヴァとサッビオネータ

★★★  2015年4月訪問
感想:
お昼過ぎにブレシアを出発して、高速道路のレストランで昼食を取った後、午後2時半に次なる世界遺産、マントヴァの街に到着しました。この世界遺産はマントヴァから30kmほど離れたサッビオネータという街とのアヴェック登録ですが、今回はマントヴァだけを訪問いたしました。マントヴァは三方を湖で囲まれていて、街に入って行った時、湖に浮かぶその美しい姿が次第に見えてきました。街自体はそれほど大きくはなく、見どころはソルデッロ広場とエルベ広場にほとんど集中していますので、効率よく訪れることができました。街のシンボルともいえるドゥカーレ宮殿はゴンザーガ家の居城で、創建は13世紀ですが、主要部分は16世紀の建造です。内部には約500もの部屋がある広大な宮殿で、ルーベンス、グレコの作品がある「ガレリア」、ラファエロなどの作品がある「タペストリーの間」、星座が描かれた「宇宙の間」、ヴェルサイユ宮殿を模した「鏡の間」など、様々な素晴らしい芸術作品がありました。これらの芸術的評価の高いコレクションや、ソフィストケイトされた建造物の多くは、15世紀後半にフェッラーラのエステ家から16歳で嫁いできた、イザベラの所望によるものです。ヨーロッパ各地の貴族からも尊敬されていた、彼女の素晴らしい芸術的感性を感じることができました。実際このマントヴァが、北ヨーロッパにおけるルネッサンス文化の中心になったのも、彼女の功績が絶大だと言われています。時のローマ教皇でさえもが、彼女に一目置いていたと言われ、この時期のヨーロッパ宮廷文化の象徴のような存在であったとも言われています。マントヴァに残る芸術的遺産を巡りながら、かつてルネッサンスの時代にこの街に君臨した「侯爵夫人」の素晴らしい感性に触れることができるのではないでしょうか。
アクセス:ミラノからクレスピ・ダッダ、ブレシア経由でレンタカー


マントヴァの街が見えて来ました。街は湖に囲まれています。

  
ソルデッロ広場。正面はドゥオーモ(サン・ピエトロ大聖堂)。右手はドゥカーレ宮殿。

  
ドゥオーモ。マニエリスム様式で16世紀の建造。         ソルデッロ広場とエルベ広場の間の建物。

  
ドゥカーレ宮殿内の「ガレリア」。左の絵画にはソルデッロ広場が描かれています。

      
絵画だけではなく、レリーフや彫刻なども豊富に展示されていました。

    
「ガレリア」には、ルーベンス、グレコ、ティントレットなどの絵画が展示されています。

  
ドゥカーレ宮殿内部の「ガレリア」。                  廊下の天井も見事でした。

    
室内の天井部分。                   天井部分とシャンデリア。

  
廊下そのものもギャラリーといった感じですね。 室内の天井部分。

  
ドゥカーレ宮殿内にある、「宇宙の間」。               天井に星座が描かれています。


星座が描かれた天井。

  
こちらも廊下の装飾。漆喰に木を使ったかなり凝った装飾です。フレスコ画も素晴らしい。


ドゥカーレ宮殿の中庭の回廊。

  
「タペストリーの間」。                          ゴールドを基調とした華麗な廊下。

  
エルベ広場とサンタンドレーア聖堂(1472〜1494年建造)。右はサン・ロレンツォ円形聖堂(11世紀建造)。

  
エルベ広場のアーケードには沢山のお店が出ていました。街の人気者、イザベラのコスプレ・ショップ?


エステ家の宮廷文化が花開いた「ルネッサンスの街」

フェッラーラ:ルネッサンス期の市街とポー川デルタ地帯

★★   2015年4月訪問
感想:
午後4時半にマントヴァのソルデッロ広場の駐車場を出発して、その日の宿泊地フェッラーラに到着したのは夕方6時でした。この日4件目の世界遺産です。この街は先ほどのマントヴァで述べました、イザベラ・デステの出身地で、この地方の大貴族、エステ家の本拠地です。そう言えば2010年に訪問した、ローマ近郊のティヴォリにあるエステ家の別荘も世界遺産に登録されていましたね。ホテルに行く前に、旧市街の中心から少し離れたディアマンテ宮殿に立ち寄りました。カットされたダイアモンドを埋め込んだような外壁からこの名前が付けられているそうで、光線の具合でキラキラと光っていました。15世紀後半の建築で、現在は国立絵画館となっています。ホテルに到着後すぐに街歩きを開始。ホテルは旧市街の中心に取りましたので、サン・ジョルジュ大聖堂まで歩いてすぐでした。高級ブティックが立ち並ぶジュセッペ・ガルバルディ通りを抜け、ムニチパレ広場のアーケードをくぐると、この街のシンボルともいえ、3つの三角破風が印象的な、サン・ジョルジュ大聖堂のファサードが見えて来ました。夕闇が迫ってくるころにはライトアップされ、とても幻想的な姿を映し出していました。12〜14世紀の建造と言われ、質素なロマネスク様式を基調としながらも、ゴシック様式の華麗な装飾が施されていました。サン・ジョルジュとはこの街の守護神で、その昔街を襲った龍を退治したという伝説が残っています。彼の名を冠した大聖堂のファサード部分には彼の彫刻が施されています。この界隈は旧市街地の最もにぎやかな場所で、お土産屋さんやレストランなどがひしめき合っていました。また100mほど離れたところにエステ家の居城であったエステンセ城があります。周囲をお濠で囲まれ、その壮麗な姿はエステ家の栄光を物語っているかのようでした。しかしながら、14世紀から16世紀まで権勢をふるっていたエステ家も1598年、ついにはこのフェッラーラから追放され、この街はローマ教皇領になりました。それとともにルネッサンスという革新的な時代にも終焉が訪れ、ヨーロッパはバロックの時代へと向かったのでありました。そんな栄枯盛衰の歴史の物語りに思いをはせながら、この街を後にしました。
アクセス:ミラノからクレスピ・ダッダ、ブレシア、マントヴァ経由でレンタカー

  
ディアマンテ宮殿の大理石の外壁。まさにダイアモンド!     触るとイタそう・・・。


ディアマンテ宮殿の中庭。


夕日を浴びるサン・ジョルジ大聖堂。ファサード部分。3つの三角破風が特徴的。

  
サン・ジョルジュ大聖堂全景。                     大聖堂付近にある時計塔。

  
フェッラーラの守護神「サン・ジョルジュ」。             大聖堂の鐘楼。

  
コルソ・ポルタ・レーノ。                         重厚な建築物が並んでいます。

  
エステンセ城。残念ながら修復中でした。             お濠をボートで遊覧できます。

   サン・ジョルジュ大聖堂の鐘楼。1階路面部分には多くのお店が並んでいました。

   
ジュゼッペ・マッジーニ通り。このあたりで夕食を。         しゃれたアーケードの装飾を発見。


ムニチパレ広場のアーケードから、ライトアップされたサン・ジョルジュ大聖堂のファサードを望む。


ライトアップされたサン・ジョルジュ大聖堂全景。

  
旧市街地の細い路地には、かつての貴族の館と思われる壮麗な館が点在していました。


ヨーロッパ最古の植物園

パドヴァ植物園(オルト・ボタニコ)

  2015年4月訪問
感想:
フェッラーラで1泊し、今回の旅の最終目的地であるヴェネチアに向かう途中、パドヴァに立ち寄りました。お目当てはもちろん世界遺産に登録されている植物園です。その日はちょうど日曜日ということで、朝10時の開園に合わせて到着しました。ただし、日曜日・祝日以外は朝9時からです。入り口に着くと、意外と大勢の訪問者の方がいらっしゃいました。この植物園は最近よくあるようなテーマパーク的な植物園ではなく、あくまでも大学の研究機関としての機能を持っていますので、とても地味な感じがします。僕が訪れたときも、花々が美しく咲き乱れているといったことはなく、ちょっと寂しい感じがしました。このパドヴァ大学はその昔から特に医学の分野で名高いですので、薬草やハーブのような薬としての植物を栽培、研究をしてきたそうです。薬草と医学って東洋のような感じがしますが、ヨーロッパでも古くから研究されていたそうです。植物が医学の進歩に貢献したという学術的な観点から、この植物園が世界遺産に選ばれたというわけです。さらには、最近では環境に関する分野でも、植物が研究されているそうです。構内はそれほど広くはなく、エンターテイメント施設ではありませんが、ゆっくりと散策するにはちょうど良い感じでした。その昔、ゲーテもこの植物園を訪れて、ヤシの木を見て自然観を養ったと言われていますが、植物と人間の関係を今一度考えるいい機会となるのではないでしょうか。
アクセス:フェッラーラからレンタカー


パドヴァの街にやって来ました。

  
プラート・デッラ・ヴァッレからサンタ・ジュスティーナ教会を望む。 サンタントニオ聖堂。

  
植物園の入り口にあるウエルカム・センター。           世界遺産であることを確認。


中に入って行くと・・・。

  
ヤシのような植物が多かったです。                 中が空洞になっている木。

  
蓮のコーナー。                             温室。     

  
丁寧な説明文が設置されていました。


鉢植えのコーナー。


珍しく派手な色の花が・・・。


それぞれの植物は大学の施設で研究されているそうです。


植物園の建物の向うに、先ほどのサンタントニオ聖堂が見えました。



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