AOPY の世界遺産訪問報告
 














概要:
イタリアとヴァチカン市国の共同登録物件。ローマ及びヴァチカン市国にまたがる数々の遺跡、教会、歴史的建築群。登録物件はローマのヴェネチア広場を中心としており、フォロ・ロマーノ、コロッセオ、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂、コンスタンティヌスの凱旋門、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂など多数。































































































































































概要:
ウクライナ共和国の首都キエフにあるウクライナ正教関連の歴史的建築群。聖ソフィア大聖堂はキエフ=ルーシー時代の1037年建立。ぺチェールスカヤ大修道院は1051年建立され地下礼拝所が有名。ペチェールスカヤとは地下洞窟の意味。


















































































概要:
ウクライナ共和国西部ガリツィア地方の中心都市。14世紀にポーランドの支配下に入り、18世紀にはロシア、プロイセン、オーストリアによる、第1回ポーランド分割によってオーストリア領となった。


































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及び ヴァチカン市国  


人類の歴史が今も息づく「永遠の都」

ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂

★★★★★  1993年6月、2003年7月、2005年3月、2010年3月、2011年3月
                   2015年4月訪問

感想:
古代都市でありながら、現在も一国の首都として機能しているところがすごいです。人類の歴史が今も息づいています。フォロ・ロマーノを訪れると良くわかりますが、古代の遺跡は現在の地面よりもかなり低いところにあります。つまり時代が進むに連れて過去のものがだんだん埋もれていったことが良くわかります。おそらくその辺を適当に掘ればまた何かの遺跡が出てくるに違いありません。何回か訪れていますが、そのたびに新しい発見が出来ます。最近では深夜のドライブを敢行し、誰もいない夜のローマを探索しました。黄色いナトリウムランプを反射して鈍く光る石畳は何百年と人々が行き交ったことを物語っています。ひっそりと静まり返った教会や修道院は幻想的な夜の闇に浮かんで見えました。そして古代の遺跡は中から飢えた狼や野犬がぞろぞろと出てきそうな異様な雰囲気を醸し出していました。

アクセス:フィミチーノ空港からレンタカー


カンピドーリオの丘に立つ、ローマ市庁舎とカピトリーニ美術館(夕方ではなく明け方です。)

  
トレヴィの泉                            フォッロ=ロマーノのそばに立つカエサルの像

  
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂                オクタウィアヌスの像

  
ティヴェレ川とサン・ピエトロ大聖堂                 ローマの街角で。

   トリニタ・デイ・モンティ教会は白く塗り替えられていました。   トリニタ・デイ・モンティ教会内部

 
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂                  祭壇部分

  
天井部分                                 サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂内部

  
世界遺産名に入っているサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂。  祭壇部分







ウクライナ正教の聖地

キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、
ペチェールスカヤ大修道院

★★★★★  2004年3月訪問

感想:
2004年にモルドヴァ、ウクライナ、ポーランドと旅をしましたが、ティラスポリのロシア人の友達とキエフで待ち合わせて最初に連れて行ってもらったのがここ。当然彼女達はロシア正教なのでじっくり解説をしてくれるものと思っていたら、彼女達は全く知らず、僕がガイドブックの文章を英訳しながら説明して周るはめに・・・。しかしながら彼女達は正教徒としてこれらの大聖堂を大変誇りに思っており、黄金の屋根はすごいでしょとか、あのフレスコ画はすごいでしょとか、一生懸命自慢していたのが印象的でした。まあ、欧州の教会といえばそれまでほとんどカトリックのものしか馴染みがありませんでしたので、とても新鮮な感じがしたのをよく覚えています。よく考えると歴史上キエフ公国はロシア帝国の兄貴分のような位置付けですので、ロシア人から見ると、ここキエフは自分達の文化の発祥に地といったような感覚があるのでしょう。地下の洞窟は狭い通路を下って行き、ところどころにガラスのケースに収まった聖人のミイラが安置されていて、敬虔なおばあさんの信者がキスを捧げていたのがとても印象的でした。この地下洞窟修道院は必見です。

アクセス:シンフェロポリから飛行機。
 
ペチェールスカヤ大修道院                         正教では黄金は聖なる色。

   
聖ソフィア大聖堂                               こちらは緑と金色がポイント。

 
聖ミハイル修道院                              アンドレイ教会    

 
聖ミハイル修道院と鐘楼                           煌びやかな装飾。


かつてのハプスブルク帝国の最東端

リヴィフ歴史地区

★★★★  2004年3月訪問

感想:

ここはウクライナの都市とは思えません。ポーランド的でもあり、オーストリアにいるような雰囲気もします。それもそのはず、中世はポーランド=リトアニア大公国の支配を受け、18世紀にはハプスブルク家の支配下に入ってからは、このガリツィア地方の文化の中心になって栄えました。現在では、ウクライナの東半分とクリミア半島はロシア人、西半分はウクライナ人中心の地域となっており、それぞれの地域はほとんど独立状態になっています。つまりこのリヴィフはウクライナ文化の中心都市であるといえます。ウクライナ人はベラルーシ人と違い、民族独立のアイデンティティーが非常に強く、ウクライナ人として独立意欲がかなり高いようです。寝台列車で一緒になったウクライナ人の親子にロシア語でスパシーバとお礼を言うと、すかさず「ディヤークユ」とウクライナ語に訂正されました。丁度、脱ロシア、親EUを掲げたオレンジ革命直前の頃に訪れましたので、そんなエピソードも後から考えるとなるほどと思えます。

アクセス:キエフから寝台列車


リヴィフの町


歴史の重みを感じました。


東欧って古い町と市電が良く似合いますね。


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