AOPY の世界遺産訪問報告
 















概要:
紀元前2500年ごろ成立したフェニキア人の都市。最盛期にはカルタゴに植民地を建設した。紀元前332年、アレキサンダーの東征軍により陥落。その後、セレウコス朝シリア、ローマ帝国の支配下に入る。フェニキア都市国家の中でも最大級であった。





































































概要:
紀元前3000年ごろから成立したフェニキア人の都市でフェニキア人発祥の地。アルファベットの起源となるフェニキア文字はこの地で誕生した。また、エジプトから入ったパピルス(紙)をギリシャへ輸出していたことから、ギリシャではビブロスから「ビブリオン(本)」という単語が生まれ、さらに「ビブル→バイブル(聖書)」という言葉が生まれた。






















































概要:
カディーシャ渓谷はレバノン山脈コルネ・エル・サウダ山(標高3087m)山域に位置している。4000年もの昔、フェニキア人がこの地の杉を利用してガレー船を建造し、材木や樹脂をエジプトに輸出し繁栄を築いた。現在では約1200本が残り、そのうち樹齢1200年以上のものが400本ほど残っている。レバノン杉はレバノン国旗のデザインに採用されている。




























































































概要:
レバノン、ベカー高原中央部に位置する世界最大級のローマ神殿。紀元1世紀頃、ローマ帝国によって最初の神殿が建設され、2〜3世紀にジュピター、バッカス神殿が建てられた。

























































































































概要:
シリア国境に程近いレバノン最大級の城塞遺跡。8世紀、ウマイア朝第6代カリフ、ワリード1世の命により建設された。国内に現存する唯一のウマイア朝の遺跡である。
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地中海に消えた古代フェニキア最大の都市
ティール

★★   2011年11月訪問

感想:
ベイルートの空港を降りてレンタカーを借り、一番最初に訪れた場所。ティールはレバノン最南端に位置していますので、イスラエルとの国境に近いため、多くの軍関係の施設があり注意が必要です。最近ではヒズボラによる爆弾テロがあったばかりだそうです。レバノンをレンタカーでくまなく周りましたが、各町の入り口や幹線道路には必ずものものしいバリケードで防御された検問所があり、大きな自動小銃を携えた兵士が数多く配置されていてとても心強かったです。ティールの旧市街はとてもひっそりとしていて、古い港と風光明媚な海岸線が続いています。その古い港から旧市街地を抜け、反対側の海に出ると古代の遺跡に遭遇します。最初フェニキア時代の遺跡かと思っていたら、これはローマ時代のものという事で少々がっかり・・・。フェニキア時代の都市はすでに地中海に沈んでしまったそうです。かつてカルタゴに植民都市を築いたほど繁栄した歴史を持っており、遺跡から地中海を眺めていますと、この地中海の東の果てから遥かチュニジアまで進出したフェニキア人の活躍ぶりを想像できました。古代ローマに影響を与え、何世紀か後にそのローマ帝国に支配されたと言う世界史の一大叙事詩を思い浮かべながら、そして突如として歴史から消え去った海の民・フェニキアの人々に思いをはせながら、ゆっくりと散策できる場所ではないでしょうか。
アクセス:ベイルート国際空港からレンタカー


ティールの遺跡。


数多くの円柱が立ち並んでいました。


遺跡から地中海を望む。


ティールの旧市街にて。



ティールの旧港。ここは地中海の東の果て。カルタゴは遥か西です。


アルファベット発祥の地

ビブロス

★★★   2011年11月訪問
感想:
ベイルートから車で地中海に沿って北へ約40分、フェニキア人の都市の中でもっとも有名なビブロスの遺跡があります。紀元前12世紀ごろから何世紀もの間地中海貿易の主役であったフェニキア人は、多くの優れた文明を地中海世界にもたらしましたが、その最大の業績がアルファベットの起源と言うことになります。ビブロスの遺跡は現在ではほとんど廃墟になっていますが、十字軍時代の要塞がかろうじて残っており、内部にはフェニキア時代の出土品が展示されていました。その中にフェニキア文字とアルファベットの対照表があり、あなたの名前をフェニキア文字で書いてみましょうと言うプレートがありました。それによりますと、フェニキア文字はラテン文字だけではなく、アラビア文字、アラム文字、ヘブライ文字、ギリシャ文字など、現在も地中海世界で多く用いられている文字の起源であったことがわかります。当時の地中海世界が享受していた文明が入ってきていたのは常に東方からでした。ローマの人々はそれを指してオリエント(日の昇る地方)と呼んでいました。紀元前4世紀にはいるとフェニキアはアレキサンダー軍の支配下に入りヘレニズム文化に吸収されてしまい、そして本国よりも繁栄を極めていた植民都市カルタゴも紀元前146年第3次ポエニ戦争でローマ軍によりついには滅亡してしまうわけですが、彼らが西欧世界に与えた影響は3000年以上の時を経て、今日も厳然と生き続けているのです。
アクセス:ベイルートからレンタカー


  
要塞から地中海を望む。                        要塞内部。
  
  
十字軍時代の要塞。                          要塞内部の回廊。

  
あなたの名前をフェニキア文字で書いてみましょうというプレート。当時の出土品。


レバノン人の魂が宿る聖なる杉の森

カディーシャ渓谷とレバノン杉(ホルシュ・アルツ・エル=ラーブ)
★★★★   2011年11月訪問

感想:
地中海沿岸に別れを告げ、レバノン山脈をどんどん上って行くと、次第に断崖絶壁のある山々が姿を現してきます。その切り立った絶壁の上に小さな村々がひっそりと佇んでおり、非常に風光明媚な光景が展開していました。この地域の中心の町ブシャーレよりもさらに山を上って行くと、レバノン杉が自生している区域に到達します。11月でしたのでこの標高になりますとすでに所々雪が残っており、周辺の山々はすでに白銀の世界。レバノン国内でも人気のある観光地だそうで、寒い季節にもかかわらず、到着すると威勢のいいお土産屋さんが軒を連ねていました。カディーシャ(Cedars)とはヒマラヤスギ属を意味しており、レバノン杉はその一種だそうです。日本語では「杉」と訳されていますが、実際に見てみますとどちらかと言うと松に近いと思いました。かつてフェニキア人が地中海を制覇した大きな理由は、実はこの地域の杉を使って作ったガレー船が基だったのです。また、その樹木から採れた樹脂や木材をエジプトへ輸出していたそうです。つまり、この地方のレバノン杉が古代フェニキアの繁栄を築いたのです。このレバノン杉の地域は神が宿る神聖な場所と言われ、実際に散策していますと静寂に包まれた杉の森に、何か神秘的なものを感じずにはいられませんでした。それゆえレバノン国旗のデザインに採用されている通り、現在のレバノンの人々の誇りとなっている大切な場所なのです。最初の旅程では、その日のうちにここからレバノン山脈を越えて、バールベックの町まで行き宿泊する予定でしたが、バールベックで適当なホテルが見つからなかったため、ブシャーレで1泊することにしました。ホテルのオーナーに、ここから先は積雪で道路が閉鎖されているため直接バールベックへは行けないと言われ、次の日にベイルートまで帰って、そこから迂回してバールベックまで行くことになりましたので、ブシャーレのホテルを予約しておいて正解でした。結局大回りをしてレバノン山脈を1周したことになりました。
アクセス:ベイルートからビブロス経由でレンタカー



カディーシャ渓谷の中心、ブシャーレの町。


カディーシャ渓谷はダイナミックな地形が展開しています。

  
杉の森に到着。いきなりお土産屋さんが立ち並んでいました。  見事な杉の木。

  
神が宿る神聖な杉の森。                        国旗にも描かれています。



さらに山を登って行きましたが、途中で積雪のため道路が閉鎖されていました。標高2500m。


宿泊したブシャーレの町。


三大神を祭ったローマ帝国最大の神殿

バールベック

★★★★   2011年11月訪問
感想:
最初に訪れた時は閉館間際で入れず、しかもなんと入場料が足りず、仕方なくベイルートまで帰り、1週間後にまた挑戦した物件です。再度挑戦するだけの価値がある世界遺産であり、これほどまでに保存状態の良いローマ神殿も世界にそう多くは無いでしょう。少なくとも僕が訪れた中では最高のものでした。特にバッカス神殿は屋根の部分は無くなっていますが、建物全体、柱、そして細部の装飾にいたるまでほぼ完璧に近い姿で残っていました。ジュピター神殿は六本大列柱と呼ばれる巨大な円柱が残っており、天地創造の最高神ジュピターに捧げるに相応しい荘厳な姿を今にとどめています。また、美の神ヴィーナスに捧げた神殿は、実は遺跡領内ではなく外にあり、つまり入場料を払わなくても見学はできますが、祭壇部分はかなりきれいに残っていました。また大庭園には円形劇場があり、現在でもコンサートや演劇などに利用されているそうです。また遺跡内には神殿建設に使用された余りにも巨大な一枚岩があり、これをどのように運んで加工したのか謎の部分も多く、世界七不思議の1つにもなっているそうです。
しかしながら、391年テオドシウス1世がキリスト教をローマの国教と定めてからは、栄光を極めたこのバールベックのローマ神殿も破壊が進み、イスラム教徒の手に落ちてからは要塞と化してしまいました。キリスト教の言う神とは天地の創造主の唯一神のことであり、ローマやギリシャの神々は人間が作ったもので、多神教でありました。イエスの弟子であるパウロは当時繁栄を極めていたローマ帝国に対し、人間が作った偶像を崇める限り、偶像は人間以下だから何をやっても許される、そんなローマは必ず滅びると言ったのでした。そして、その事は人間中心の傲慢な行いが収まらない現代にも通じることなのではないでしょうか。
「彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の変わりに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アーメン。」 (新約聖書 「ローマ人への手紙」 第1章 第25節)
アクセス:ブシャーレからベイルート、アンジャル経由でレンタカー



バールベックの町に威容を誇るローマ神殿。

  
美の神、ヴィーナス神殿。                   天地創造の最高神に捧ぐジュピター神殿。

 
酒の神を祭ったバッカス神殿最高の保存状態。

  
バッカス神殿の内部
  
大庭園にて。エジプト産のバラ色の石を使用。 ローマと言うよりも、むしろギリシャ風の優美で繊細な装飾。



大庭園から遥かレバノン山脈を望む。


ウマイア朝最盛期の城塞都市遺跡

アンジャル

★★   2011年11月訪問
感想:
こちらはローマ時代のものではなく、ウマイア朝時代の遺跡。なんでも当時の遺跡で現存するものはこのアンジャルだけだそうで大変貴重な遺跡です。カリフの宮殿跡に残っているアーチがとても印象的で、この遺跡のトレードマークにもなっています。上述のビブロス、ティールやベールベックなどもそうですが、出土品の多くはベイルートにある国立考古学博物館に展示されてあります。このアンジャルは展示施設がありませんので、ベイルートの博物館でゆっくりと見学できました。ただ、この国は電力不足が深刻で見学中に博物館が停電になりました。この国に滞在中、1日にだいたい3回以上は停電になっていました。シリアとの国境5kmの地点にありますが、ちょうどシリアが内戦状態にありましたので情勢が不安でしたが、特に危険と言うことはありませんでした。遺跡の入り口の売店でコーヒーを飲みならが店のおじいさんにいろいろ聞いてみましたが、こっちの方はまったく問題ないとのこと。でも、シリア情勢が悪化してからまったく観光客が来なくなって残念とのこと。僕が訪問したときは誰もいなく大変ひっそりとしていました。後でベイルートで大使館の方にティール、バールベック、アンジャルに行ったと言ったら、「それ全部、外務省のウェブ・サイトで退避勧告を出しているんですけどねえ・・・。」と言われました。どうもすいませんでした。
アクセス:ベイルートからレンタカー



アンジャルの遺跡


今はひっそりと静まり返った廃墟。


カリフの宮殿跡


非常に繊細なアーチが特徴です。


右はテトラピオンと呼ばれる4本の柱。


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