AOPY の世界遺産訪問報告
 
















概要:
ブレナヴォンはウェールズ南東部にある小都市。19世紀の産業革命時代に鉄鉱石と石炭の主要産地であり、製鉄で栄えた町である。石炭や鉄鉱石の鉱床、採掘現場、初期の鉄道、高炉などの製鉄設備、労働者のための住宅、公共設備などが残っている。それらの多くは現在では博物館として使用されている。















































































概要:
イングランド西部、紀元前から温泉で栄えた町。紀元1世紀にはローマ帝国の支配下に入り保養地として栄えた。18世紀には上流階級の保養地として栄えた。イングランドで最も人気のある観光地のひとつ。この町の名前が英語のお風呂(bath)の語源になったと言うのは間違いで、正しくはお風呂を意味する古ゲルマン語がこの町の名前となった。





































































































概要:
イングランド南部にある先史時代の巨石遺跡群。今から5000年ほど前から段階的に建造されたと考えられ、その目的等は諸説あり謎が多い。その中心となる遺跡で最も有名なものがストーンヘンジである。





































































概要:
イギリス最南端、東はスワネイジ付近から西はエクスマウス付近までの約153kmの海岸線。中生代の地層がそのままの状態で残っており、その時代に生息していた恐竜の化石が多く発見されている。地質時代の区分の一つである約4億1000万年前から3億6000万年前のデヴォン紀は東デヴォン海岸の名に因んでいる。この海岸で化石収集をしていた少女、後の古生物学者・メアリー・アニングの逸話でも有名。代表的な観光ポイントはウェスト・ラルワース付近の「ダードル・ドア」、「ステイヤー・ホル」。

















































































概要:
1282年、イングランド王エドワード1世がウェールズのケルト人を征服した際、ウェールズ北部のグィネゼ地方に要塞として築いたカナーボン城、コンウィ城、ハーレッフ城、ビューマリス城の4つの城と市壁。エドワード1世はウェールズ支配を確立するため、ウェールズ王の称号を息子のエドワード2世に与えたのが「プリンス・オブ・ウェールズ」の始まり。それ以来、英国の男子王位継承者にはこの称号が与えられるようになった。現在の「プリンス・オブ・ウェールズ」はチャールズ皇太子である。



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 (3)

産業革命を支えた労働者たちの遺産
ブレナヴォン産業用地

★★★★  2011年7月訪問
感想:
この物件もまた産業革命時代の世界遺産です。多くの世界遺産は王侯貴族やお金持ちが作ったものですが、この物件は明らかにその対極にある人々、つまり労働者たちの世界遺産であるといえます。彼らが働いていた鉄鉱石や石炭の採掘所、それらを運搬する初期の鉄道、製鉄所、彼らの住宅などなど、非常に地味ではありますが、産業革命によって「世界の工場」と呼ばれるほど繁栄を謳歌した19世紀のイギリスの本当の主役たちの遺産なのです。この頃から資本主義が確立され、資本家と労働者の対立が生まれてくるわけでありますが、現在の恵まれた労働条件とは異なり、当時の彼らの苦労はいかばかりかと思いました。労働者会館や彼らの住宅地を訪れてみますと、そういった当時の陰の部分を想像してしまいます。しかし、イギリスの凄いところはかつてマルクスやエンゲルスが予言した破滅的な階級闘争は起こらず、1833年の工場法、1847年の労働法の制定などの画期的な労働政策が世界に先駆けておこなわれました。それも「世界の工場」と呼ばれるだけ発展した当時のイギリスの余力の成せるわざと言ったところでしょうか。20世紀に入り大英帝国の繁栄も陰を潜め、そして製鉄業の衰退と共にこのブレナヴォンの町も衰退していくわけですが、ひっそりと静まり返った通りを歩いていますと、成長と繁栄も永遠のものではない事を感じずにはいられませんでした。戦後日本は急成長を遂げ、わずか30年で「世界の工場」と呼ばれ繁栄を謳歌してきました。しかし、それも今では過去のものになりつつあります。この廃墟のようなブレナヴォンの町が、10年後の日本の姿を暗示しているかのようでもありました。
アクセス:フロンカサステからレンタカー


ブレナヴォンの町。


ブレナヴォンのランドマーク、ビッグ・ピット。


かつての製鉄所、アイアン・ワーク。


鉄鉱石を運んでいた蒸気機関車。


かつての労働者会館。


現在では産業革命当時の活気はなく、ひっそりとしています。


ローマ時代の温泉施設がある貴族の保養地

バース市街

★★★   2011年7月訪問
感想:
この町は他のイングランドの町とは少々異なった佇まいを見せています。それもそのはず、紀元前からこの地では温泉が利用されており、ローマ時代には温泉の町として繁栄していたという歴史を持っているからです。ローマ浴場やその館内に残っている遺跡、神殿跡などを見学すると、ローマ帝国がはるばるこのブリテン島まで進出していた事が良くわかります。近代においても18世紀のジョージ1世の時代には、貴族や裕福層の保養地として栄え、ジョージアン・スタイルと呼ばれる優雅な建物が多く残っています。英国で最も古い歴史を持ち、最も人気のある観光地だそうです。にもかかわらず、町を車で運転していても非常に快適で、駐車場を探したり渋滞に巻き込まれたりといったストレスを全く感じない町でした。一番の繁華街も非常に庶民的で、親しみやすく、思わず屋台のホットドッグを買って食べながら闊歩しても、こういう事はあまりやらないのですが、何ら違和感の無い町でした。

アクセス:ブレナヴォンからレンタカー


バースの市街地。


貴族の保養地だけあって、優雅なたたずまい。


バース大聖堂。
  
ジョージアン様式のロイヤル・クレセント。             ローマ浴場と大聖堂。

  
ローマ浴場                                館内にあるローマ時代の遺跡。

  
温泉の泉。                                この地で発掘された人骨。


世界七不思議のひとつ

ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群
★★  2011年7月訪問
感想:
ストーンヘンジの建設の目的は神殿、礼拝所、天文台とか、はたまたUFOの発着所とか様々な説が飛び交っていますが、未だに結論は出ていません。まあ、こういった物件は謎は謎のままとして残しておいたほうが賢明で、謎が解明されたら誰も来なくなるでしょう。実際訪れて見ますと、単に大きな石が並んでいるだけで、特にどうって事はありません。実はこれは単に暇つぶしのためにつくられたもので、特に意味はありません。などと言われた日には、はるばるやって来てシャレにもなりませんからね。まあ、暇つぶしにしては巨大過ぎる石ですが、たしかにクレーンやフォークリフトの無い時代にこんなものを積み上げたのは不思議ではあります。もしかすると現代人のほうが古代人よりも進歩していると言う考えは実は間違いで、大昔の人のほうが賢明で進んでいたのかもしれませんね。それは現代人の驕りであって、もっと謙虚であるべきだと教えられているようでもありました。現代の科学と叡智をもってしても未だに解明できない不思議が、世界には少なくとも七つもあるのですから・・・。
アクセス:バースからレンタカー


このようなのどかな風景の中を走っていきました。


ストーンヘンジ到着。世界遺産の看板がありました。


ストーンヘンジ


どうやって積み上げたのでしょうか?


風光明媚な「ジュラシック・コースト」
ドーセット及び東デヴォン海岸
★★★★  2011年7月訪問
感想:
イギリスの最終日は朝アイアンブリッジを出発し、ポントカサステ〜ブレナヴォン〜バース〜ストーンヘンジ〜ドーセットと周って、最後は宿泊地のアランデルまでドライブする旅。この海岸線は旅の終わりに相応しい風光明媚な、それでいて地味で裏寂れた感じのする場所で非常に好感が持てました。セヴン・シスターズやエクセターなど華やかな観光地とは一線を画しています。そこらじゅうにアンモナイトの化石が転がっているそうですが、拾ってもしょうがないので、黄昏時の海を見ながら海岸を散策しました。イギリス人の友達に、イギリスで車を運転した事も無いやつが1日でこの旅程は絶対に無理だと言われました。しかしイギリスは車の運転が大変快適な国。何しろ日本と同じ左側通行、右ハンドル、標識は頻繁に出ていますし、ほとんどがロータリーで信号が少なく、制限速度も60マイル、おまけに道路は概ねきちんと舗装されています。平坦な土地ですので険しい山道も谷もありません。アルバニアなどと比べると天国のようなところです。ストーンヘンジを出発したのが午後6時過ぎ、ドーセットのウェスト・ラルワースへの近道を暗記していましたので、午後8時過ぎには到達しました。7月ですので日も長く、日が暮れるのは夜9時過ぎ。結局、1時間ほど海岸を歩き、そこから東へ2時間、アランデルのホテルに着いたのは11時過ぎと楽勝でした。日本に帰ったら、イギリスの警察から丁寧なお手紙が来ました。「あなたはスピード違反を犯しましたので、レンタカー屋さんに聞いたあなたのクレジットカードから、32.40ポンドの罰金を引き落としました。」 いやはや、これはご挨拶ですな。
アクセス:ストーンヘンジからウェスト・ラルワースまでレンタカー


ついにイギリス最南端、ドーセットに到達しました。


ダードル・ドア。恐竜出現!!


まさに、ジュラシック・コーストといった感じです。


様々な形状の海岸線が連なっていました。


この海岸で恐竜の化石が多く発見されたそうです。


英国の中の異国に存在する、「プリンス・オブ・ウェールズ」戴冠の地  

グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁群

★★   2001年3月訪問

感想:
カナーボン城、ハーレッフ城を訪問。カナーボン城の中庭に、チャールズ皇太子の戴冠式の様子を撮った写真が飾られていました。中世の城は戦いのための堅牢で質素な石造りが特長ですが、これらの城はその典型です。カナーボン城は規模も大きく保存状態も良好。どこにでもあるような城ですが、プリンス・オブ・ウェールズ戴冠の地ということで、他とは違って由緒ある城ということで納得ですかな?まあ、歴史上、英国人が他人の土地を略奪した記念碑として登録するのも悪くないかもしれません。そうしたら世界中世界遺産だらけになっちゃうかな・・・。そのせいか、粗削りで頑丈そうな石造りのこの城も、大変下品に見えるから面白いです。この世界遺産には1967年の英国のTVシリーズ「The Prisoner」の舞台となったポートメイリオンに行くついでに訪れました。バンゴール、カナーボンをはじめ、アングルジー島、ポートメイリオン、スノードン地方、スリン半島などくまなく巡りましたが、この地方は「英国の中の異国」と呼ばれるほど、イングランドとは趣が違っていました。看板などはウェールズ語と英語併記で、ウェールズなまりの英語が話され大変聞き取りにくかったです。地名も非常に独特でやたらに長いです。そう言えば世界で一番長い名前の村にも行きました。LLで始まる地名が多く(スランドゥドゥノ、スランベリンスなど)、日本語では「ス」と書かれていますが、実際の発音を聞くと、のどに詰まったタンを切る音に近いです(汚くてすいません)。道路もイングランドと比べると大変狭く、道の両側にある壁が迫っており、歩道が無いのでスーツケースを引きずって歩いていると、車をよけて歩くのに大変でした。バスの運転は非常に高度な運転技術が必要です。北ウェールズは本当にイギリスにいるとは思えない程、全く異なった地方でした。

アクセス:カナーボンはマンチェスターからバンゴールまで電車、バンゴールからカナーボンまでは路線バスを使用。 ハーレッフはMinddfordから電車を使用。

 チャールズ皇太子戴冠のプレート。

 とても頑丈そうな要塞

 中の敷地も結構広い

 カナーボンの町を俯瞰

 ハーレッフ城



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